ゆっくり人生

不登校や引きこもりを経験しながら、現在は研究者の登竜門的存在である日本学術振興会 特別研究員(DC1)を務める大学院生のブログ

日本学術振興会 特別研究員の採否について、現役のDC1から伝えたいこと

日本学術振興会 特別研究員(DC1)のユモクです。

 

去る9月27日(月)に、来年度採用分の日本学術振興会 特別研究員(以下、学振)の一次審査の結果発表がありました。

博士課程に在籍している、もしくは博士課程をめざす修士2年の皆さんの多くが、学振に応募していたと思います。

「学振って何?」という人は、以下の記事をどうぞ。

 

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結果発表後数日間、僕の周りやTwitterの反応を見ていると、悲喜こもごも。

今回は採否に関わらず、採用結果をどう受け止めるべきかということの私見を書いていきたいと思います。

 

 

日本学術振興会 特別研究員への採用が全てではない

学振の採用は、研究者としてのキャリアとしても大きなものであることは事実だと思います。

 

しかし、採用歴がなくとも立派な研究者となる人は数多くいます

採用率が示すように、採用されない人の方が圧倒的に多いものです。

 

また、採用された時点がピークとなってしまう人もいます。

当たり前の話ですが、学振に採用されなかったけど研究成果を積み重ねて行ける人もいれば、採用されてもその後思うように行かない人もいます。

採用=研究者人生が薔薇色になる、という訳ではありません

採用されなかったからといって、研究者適性がない訳ではありません。

学振の審査結果で研究者適性を推し量ろうというのはやめた方が良いと思います

 

ただし、投稿論文の査読結果や日頃の研究発表の結果も芳しくなく、それに加えて自分の研究者としての欠点を自覚できていない場合は、厳しいことを言うと研究者に向いていない可能性があります。

ポイントは、査読や発表結果如何より、欠点が自覚できているか否か

今の実力は関係ないです。足りない能力は伸ばせばいいので。

ただし、欠点がわかっていないと改善のしようがありません。

欠点が自覚できない人はなかなか成長できません。

同じ過ちを繰り返すならまだしも、迷走の末、逆走し始める人もいます。

自分の研究者としての資質に悩む人は、自分を客観視して評価してみること、実際に第三者に忌憚ない意見を求めてみることをオススメします。

 

経済的事情で学振の採用が必要だったという人もいるかもしれません。

経済的事情ならどこまで問題になるか、個々人によって大きく異なる(奨学金で賄える目処が立つかなど)ので、「お金がなくてもやる気があるなら進学しなよ!」と気軽には言えません。

20代中盤に差し掛かる頃の進路決定でもありますし、綺麗事だけを言ってられません。

ただし、博士課程学生への経済支援は学振だけではありません

特に今年度より、文科省が経済支援の拡充を始めています。

博士課程学生でも、最低限度の生活費を賄うことができる学生は増えて行くでしょう。

また、もし来年度の進学は諦めざるを得ないとしても、一度社会に出てお金を貯めて大学院に戻ってくるという手もあります。

 

そして、審査結果に関わらず、博士課程の進学に迷っている人はとことん悩んで判断してください。

これは採用内定を勝ち取った人にも言えます。

「博士課程は悩むなら進学すべきでない」という言説も根強いような茨の道です。

少しでも迷いがあるなら、「もう就活に切り替えるには遅い」などとは言わず、じっくり進路を考え直すことを強くオススメします。

何より僕は、採用されたからそのまま進学を選んだパターンですが、これで良かったのか、との悩みがずっと付き纏っています。(この件については近く記事を出す予定です)

 

 

一次審査のみで内定をもらえた人はどうすべきか?

既にやっていることを祈りたいですが、まずはお世話になった関係者各位にお礼の報告をしましょう。

そしてしばらくは喜びに浸っていいですが、そろそろ兜の緒を締め直しましょう。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議な負けなしです。

採用という勝利は、不思議なものだったのかもしれないというくらいの低い姿勢でいましょう。

ただでさえ、学振の採用者は周囲からの期待値が上がります。それに応える活動をしていかなければなりません。

(博士課程への入試が改めてある人は)博士入試で落ちないようにしっかり修論書きつつ、それ以上の勉強も進めましょう。

 

一つ忠告しておきますと、DCでもらえる月額20万円は、余裕のある暮らしができるほどのものではありません。

詳しくは下記の記事でまとめていますが、特に一人暮らしの場合はなかなか厳しいです。各種税金や社会保険料で結構持っていかれます。

調子に乗って今から散財したりしないように!

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二次審査に進んだ/不採用だった人はどうするべきか?

不採用の人だけでなく、二次審査に周った=まだ採用の可能性はある人も、来年度以降を見据え、「業績を意識した研究活動」をしましょう

博士課程のうちに業績にこだわりすぎることには賛否ありますし(業績は大事だが、学生の時間を使って見識を広める意味で広い領域の学習をすべきという人もいる)、学振の採用に業績が関係するか否かも意見が分かれますが、業績は「無いよりはプラスになる」と考えるべきでしょうし、その先の就職を考えると必須です。

特に単著や筆頭著者の査読論文にチャレンジしましょう。

査読なしの学会発表や、筆頭ではない共著による業績は、業績の水増しとして捉えられるのか、そのような業績しかない、またはそれがほとんどの人は、僕の周りでは学振にほとんど採用されていませんし、就活でも苦労しています。

査読・招待なしでの学会発表は「自分が手を挙げればできるもの」であり、セカンドオーサー(第二著者)以下の研究は、「周りの力ある研究者に乗っかっただけ」とも言えますからね。

つまり、学振の採用においては、「研究を主導する能力があるか?」が大きく評価されているのではないか?、と僕は睨んでいます(念を押しますが、私見に過ぎません)。

これから研究者として生きて行こうと思うなら、どちらにせよ業績は積み重ねて行くべきです。

まずは自分の研究にきちんと取り組みましょう。

二次審査にまわった人は、次の審査があると言っても既に提出した書類の再審査のため、特に今から何かできることもない状態で結果を待つことになると思います。

その気を紛らわす意味でも研究に集中するのが良いと思います。

 

そしてこれが重要なのですが、学振以外の研究費補助制度への応募も積極的に行っていきましょう

学振ほどの権威はありませんし、助成額も下がるものが多いですが、学振以外にも博士課程学生への経済支援事業は結構あります。

募集は各大学ごとになりますが、文科省のフェローシップだったり、JSTの次世代だったり…

修士課程の学生にとっては、こういった支援が充実しているかどうかも博士課程の大学院選びに重要でしょう。

特に文科省は今年度より博士課程学生への経済支援を新設し、最低限の生活費は賄えるような支援の枠を設けました。

 

他にも、民間の財団が博士課程学生向けの研究費助成事業をやっています。

少しでも補助を受けられるだけで経済的に楽になりますし、何より業績にもなります

どの業界もそうでしょうけど、業績は雪だるま式に増えていくものです。

最初は小さな業績からスタートすることになろうとも、その業績が認められ一段上の業績を得るチャンスが舞い込み、それをモノにできればさらにより良いチャンスが舞い込む、というのが研究の世界だと思います。

学振の申請のための研究計画書もあることですし、それをうまく使いながらいろんな助成制度にチャレンジしていきましょう。

 

 

博士課程進学の前に将来について改めて考えよう

博士課程は修士までと違って、やる気だけではなんともなりません。適性も問われます。

しかし、学振に採用されるか否かは、その適正があるか否かを少しは測るものとなっていますが、採用されたから将来安泰、不採用だから適正なしという訳ではないです。

 

その能力と覚悟があるかは、採用不採用どちらでもきちんと考えなければなりません。

学振の採用で得られるものは「経済的な安定」「肩書き」だけです。

当たり前ですが、採用されたことで「研究能力」は上がりませんし、「博士号取得」も確定しません

採用結果を参考に、将来のことを改めて考えてもらえればと思います。

 

 

おしまい

 

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僕にとっての「ブログを書く」ということ

お久しぶりの更新になってしまいました。

 

その間にブログに関して嬉しいことが。

Twitterでも紹介させていただきましたが、「はてなインターネット文学賞」への投稿記事、「引きこもりをやめて初めてバスに乗ったときに出会ったおばあさんとの話(はてなインターネット文学賞) - ゆっくり人生」が受賞は逃したものの、結果発表のページにて「編集部注目の投稿」として紹介していただきました。

 

blog.hatenablog.com

 

こんな弱小ブログでも運営さんはきちんとチェックしてくださっていること、そして評価していただけたことに深く感謝申し上げます。

 

記事の内容はタイトル通り。

僕が引きこもりをやめ予備校に通う準備をしに行くために乗り込んだ高速バスで出会ったおばあさんとの話です。

高速バスに乗っていた短い時間の出来事でしたが、7年経過した現在も記憶に残っている、今の僕を形づくっている交流です。

 

僕にとってはかけがえのないこの経験を、拙い文章力でいかに表現するか格闘しながら書いた記事。

満足のいく表現はしきれませんでしたが、初めて投稿した賞レースで、受賞には至らなかったものの、結果を出せたことを素直に喜んでおります。

 

今回の結果を受けて、僕にとって「ブログを書く」という行為はどういう意味を持っているのか、改めて考えるきっかけとなりました。

今回はそのことについて率直に書いていきたいと思います。

 

 

自分の感情を文章として表現するのが好き

大前提として、僕は文章を書くのが好きです。

特に「自分の感情を文章化し、それを他の人に読んでもらって、そして何かを感じてもらう」ことにこの上なく喜びを感じます

 

と言うのも、僕は口下手かつあがり症。会話で感情を伝えるのが得意ではありません。

そんな僕にとって、率直な思いを表現するのに適しているのが「文章で表現する」こと。

思い返してみれば小学校高学年のときにあった週末課題の作文の内容をよく褒められましたし、中学校の頃に「不登校」を題材に当事者として書いた作文が、あるコンクールのそこそこ良い賞をいただけました。

余談ですが、感情を文章にするのが得意な見返りとして、芸術的素養が全くありません。絵画やクラシック音楽の評価が人と世間と合わない…

 

僕にとって「文章を書く」ということは、好きと得意が一致している数少ないものの一つと言えるかもしれません。

 

 

「誰にでも伝わる内容」で書きたい

しかし、書く文章の内容がなんでも良いという訳ではありません。

できるだけ多くの人に読んでもらいたいと思っています。

僕は「誰かのために、多くの人のために」という志向が大きいです。

 

そのため、文章を書くという作業には変わりないため、研究者として論文執筆作業は苦ではないのですが、専門的という論文の性質上、「多くの人に読んでもらえるものではないな」と虚しさを覚えるときもあります。

この感情をうまく扱えるかが、僕が研究者としてやっていく上での課題と言えるでしょう。

扱えそうになかったら、他の仕事考えます。

 

 

気取らずにブログを書いていこう

最近は忙しさを言い訳にしてブログをなかなか更新できていませんでした。

しかし、忙しさは本当に言い訳で、「ちゃんとした文章を書かなければな」と難しく考えすぎていたことが更新できていなかった一番の理由だと思います。

 

ちゃんとした文章を書いて、多くの人に読んでもらって、このブログを大きくしたいという欲がありました。今もあります。

ただし、僕は副業制限のある身分ということでブログをマネタイズできず、ブログを大きくする金銭的メリットはありません。

「ブログを大きくしたい」というアクセルと、「金銭的な見返りはない」というブレーキが同時に踏まれているような状態でした。

そして、自分の書きたい記事より多くの人に読んでもらえそうな記事を書くことを優先させようとして、結果ブログをなかなか更新することができない、がんじがらめ状態になっていました。

 

ただ今回、「多くの人に伝えたい経験がある」という純粋な気持ちから参加した「はてなインターネット文学賞」の投稿記事を評価していただけたことで考えを改められました。

「自分の書きたいと思ったことを率直にブログに書いていけば、自分は楽しいし、他の人に読んでもらえる『自分だけにしか書けないブログ』になるのかな」と。

時間はかかっても、そのやり方の方が自分のブログを育てることもできそうですし。

というか、そもそも「雑記ブログ」にしているのはそのためだろうと。

 

 

これからは素直に書きたいと思ったことを記事にしていくので、よろしくお願い致します!

 

おしまい

 

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【今週のお題】モンハン!FFⅩ!ポケモン!

今週のお題「やり込んだゲーム」

 

久々の連日更新です。

今回は、今週のお題の「やり込んだゲーム」をテーマに記事を書いていきます。

元不登校・引きこもりであり、その時間をゲームに費やすことも多かった人間としては血が騒ぐテーマですね…!

 

 

モンスターハンターポータブル2ndG

モンスターハンターシリーズをここまで大きな存在としたのは、2ndGの力と言って過言ではないでしょう。

個人的には、高校に行かない時間の多くを費やしていたゲームです。

僕の中でモンハンと言えばコレ。

モンハンデビューは2ndからで、その後発売された他のシリーズ作品もいくつかやっているのですが、一番やり込んだのはこの2ndGですね。

ソロクエスト最高難易度の「モンスターハンター」というクエストを全武器でクリアしたり、マルチプレイでも難しいとされたダウンロードクエストの「武神闘宴」をソロクリアしたり、ネット上のコミュニティで行われていたタイムアタックイベントに参加したりと遊び尽くしました。

 

この後に出てくるモンスターハンターシリーズって、リアル路線を求めた結果なのか、ゲーム性が落ちていると感じて、僕好みではないんですよね。

 

例えば、

①2ndGまではガノトトスの亜空間タックルに代表されるような理不尽な当たり判定の攻撃が存在し、「今の攻撃、当たってないだろ!」と激怒するプレイヤーが続出。しかし、3以降でそういった理不尽な当たり判定は大幅に改善。

②2ndGのモンスターは、同じエリアにモンスターが複数いようとモンスター同士では争わず、ハンターだけを狙う。しかし特に最近のシリーズ作品は、モンスター同士が縄張り争いのごとく闘うようになる。

 

これらはゲームとしては進化と捉えられますが、結果としてゲーム難易度は下がってしまいました。

その下がった難易度を埋め合わせるために、複数モンスターを狩猟対象とする無駄に時間のかかるクエストが増える、モンスターの攻撃行動に見極めにくく避けづらいものが増えるなど、プレイヤーが爽快感を得られない難易度の上げ方がなされました。

 

ガノトトスの亜空間タックルなどの理不尽な当たり判定の攻撃は、モンスターに触れていないのに攻撃を食らうという意味では確かにストレスではありました。

しかし、狩りを重ねると見極められるようになる=自分の上達を実感しやすかったとも言えます。

今思い返せば必要悪的な攻撃だったと僕は思っています。

 

また、複数モンスター同時狩猟クエストはただ時間がかかるだけなんですよね。

特に闘技場での同時狩猟クエスト。なんで闘技場に来た途端、モンスター同士は闘わなくなるねん。ご都合主義やろ!

 

一応、最新作のライズもプレイしましたが、追加コンテンツはほぼ手つかずになってます。

面白くない訳ではないんですが、僕の好きなモンハンではなくなっていっているのを感じます…

 

余談ですが、学校に行かず暇すぎた僕は、モンスターハンターシリーズのファンサイトを運営していたことがあります(現在は閉鎖済み)。

このブログの運営にあたってそのときの知識が僅かですが役立っています。

 

 

ファイナルファンタジーⅩ

NHKの「全ファイナルファンタジー大投票」で一位に輝いた作品。

主人公ティーダが巨大な魔物シンにより異世界に運ばれ、シンを倒すために、その唯一の方法である究極召喚を求めて、召喚士の新米ユウナたちと旅をしながら、その世界の真実に迫るRPG。

 

高いストーリー性、分かりやすくも緻密な戦闘、ミニゲームの完成度の高さなど、何をとっても高水準のゲームでした。

PS2版、PS VitaのHD版、アプリでプレイしましたが、計10周以上プレイしてます。

そして毎回泣く。しかも違うシーンで泣く。

一周目はそのストーリーの切なさに感動するんですが、二周目以降は「あ、これはあの展開の伏線だったのか!」という発見が多くあり、そこでまた感動できるので、複数周回することをオススメできるゲームです。

 

あと「ブリッツボール」という水球のようなミニゲームも完成度高いです。

ストーリーそっちのけでハマる人がいてもおかしくないレベルの面白さ。

 

そして忘れてはならないのは、FFファンの間では特にネタに事欠かない作品でもあるということ。

特にネタにされるのが主要キャラの一人であるキマリ=ロンゾ。

「召喚士は通す、ガードも通す、キマリは通さない」というプレイした人には印象的なフレーズであったり、プレイアブルキャラの中でスタメン落ちしやすい低い性能だったりと、散々なキャラです。

ちなみにキマリがスタメン落ちしやすいのは、初期から中盤はバランスの取れたキャラとして成長してくれるものの、これといった得意分野がなく、中盤から終盤になると、どう育ててもいずれかのプレイアブルキャラの劣化になりやすいため。

 

もう一つキャラに関して触れると、主要キャラの一人であるリュックの声優を担当しているのが、近年注目を集める女優の松本まりかさん。当時まだ高校生。

そのため、ファイナルファンタジーファンからすると、「あのときの声優の子が、30代半ばにして女優として脚光を浴びているのか」と嬉しい限り。

 

ファイナルファンタジーⅩはファイナルファンタジーシリーズで初めて続編が作られた(Ⅹ-2)ゲームでもあります。

そちらは賛否両論あります(Ⅹとストーリーの雰囲気やバトルシステムが大きく異なることが主要因)が、僕は好きです。

 

15年以上前のゲームですが、様々なハードでHD版が出ていることからも分かるように、今プレイしてもとても面白い作品です。

ストーリー性の高いRPGが好きだという人は是非オススメです

 

 

ポケットモンスターハートゴールド

ポケモンは初代の赤緑からプレイしているのですが、育成やバトルにハマるきっかけがこの作品でした。

 

僕の詳しいポケモン遍歴は、

緑・黄

→銀・クリスタル

→ファイアレッド

→ハートゴールド

→ルビー・プラチナ(ハートゴールドきっかけで購入)

→以後、全バージョン購入(Let's go除く)

 

ハートゴールドをきっかけにいわゆる3値や性格などステータスを意識した育成を行いオンライン対戦を始め、そこからXYまでは楽しく対戦をしてました。

特にXYでは国際孵化で色違いを粘ったな…

 

ただそれ以後のシリーズ作品は、引きこもりを脱しリアルの方が忙しくなってしまったので、ストーリーをクリアして終わるだけということがほとんどになりました。

 

それでもダイヤモンドパールのリメイクやアルセウスも購入予定。

特にアルセウスは新たな要素満載みたいなので来年の発売が楽しみです。

 

対戦環境がどうなるか分かりませんが、わいわい楽しくプレイできると良いなと思っております。

欲を言えば、64のポケモンスタジアムのミニゲームみたいなのがあると、対戦ガチ勢以外も長く楽しめると思うんですけどね

 

 

以上が僕がこれまでにやり込んだゲームです。

あえてコンシューマーゲームに絞って書きました。

スマホやタブレットを用いたアプリゲームも面白いですし、無料である程度遊べる体制となっているのはいい点だと思います。

しかし、アプリゲームに課金し始めると際限ないです。

一方、コンシューマーゲームだと固定額で完結するので結果的にお財布に優しく長時間遊べるゲームも多いです。

近年はコンシューマーゲームにも課金コンテンツの波が来ており個人的には残念ではありますが、pay to win (課金することで勝利しやすくなる恩恵を受けられる) の要素は少ない場合が多いので、まだマシかな、と。

少なくとも、これからも子どもを対象としたゲームには、あまり課金コンテンツを導入して欲しくはないなと思っております。

 

 

おしまい

 

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元引きこもり、社会保障について考える。

メンタリストDaiGo氏の、生活保護受給者やホームレスの方々を軽視する発言が炎上しているとの報道がなされていましたね。最近は落ち着いてきましたが。

 

この発言が彼の本心か、インフルエンサー特有の炎上商法なのか、そしてその後の謝罪は本心からのものなのか、などなどは僕にはよく分かりません。

 

そのような事情から、僕は彼を擁護するつもりも責めるつもりもありません。

どのような意図であれ、彼の発言が人権意識を欠いたものであったことは事実であるので、あの発言に擁護の余地はないと思います。

また、謝罪をしている以上、本心からのものであった場合はこれ以上の追い討ちをするのは非道であるし、もし炎上商法の一環としての謝罪なら、この件に関心を持ち続けることが彼の思惑通りになってしまいます。

よって、彼にほとんど関心を寄せずこれまで生きてきた僕のすべきことは、その態度をこれからも続けていくことでしょう。

 

このように、無関心を装いたい気持ちもあるのですが、謝罪を聞いていて引っかかることがあったのも事実。

なぜかというと、Twitterでも書いたように、僕は不登校・引きこもりなどの経験から、生活保護やホームレスといったことに対して「自分にも簡単にその状態となりうる」という感覚を持って生きているからだと思います。

 

  

少し想像力を働かせれば分かることだと思うのですが、職を得ることができない、金銭的に困難な状況に追い詰められるといった事態は、個人の努力だけで回避できるものではありません。

自分の力ではなんともならない要素も大きく関わってきます。

 

例えば、現在のコロナにより打撃を受ける多くの業界を見れば分かるでしょう。

経営者はいつ自分の企業が傾くか分からないし、被雇用者も安定した給与が得られなくなる、最悪解雇されることもあり得ます。

これに対し、「コロナ禍にうまく対応できず企業を傾かせた経営者が悪い」とか、「企業に見切りをつけて別の働き口を見つけられないのが悪い」など、本人の責任に100%帰すことができるでしょうか?

 

「苦しい状況から人生を立て直す人もいる。生活保護受給者やホームレスはその状況を打破できなかっただけで努力が足りなかった結果」というようなことを言う人もいるかもしれません。

僕も不登校・引きこもりから日本学術振興会 特別研究員という将来を期待される若手研究者までこれたので、「苦しい状況から人生を立て直した」と言える人間かもしれません。

 

たしかに僕は人生を立て直す過程で、多くの努力をしてきました。学校に普通に通い、就職する道とは違った種類の困難を経験してきたと思います。

しかし、なぜ僕が人生を立て直せたかというと、僕の努力以前に、僕に努力をしようと思わせ、それを実行に移すことができる環境があったからです。

僕の背中を押してくれる恩人がいて、そして僕が立ち上がろうと思ったときに経済的な援助をしてくれる親がいたから、僕は今ここにいることができます。

 

そういった努力できる環境がない人は多くいます。

頑張ろうという気力を沸かすことができない、気力が湧いてもそれを実行に移せない環境に置かれている人が。

 

「本人がどれだけ努力をするか」ということは人生において非常に重要なことであり、その努力が成功に繋がると「自分だけの力で成功を勝ち取った」と勘違いしてしまうかもしれません。

しかし、そもそも「努力ができる環境が整っていた」という、本人の力によるものではない要素があるということも忘れてはいけません。

この世の中で個人の力のみで成功を勝ち取る、ということは起こり得ないと言って過言ではないでしょう。

 

どのような国に生まれるか?

どのような家庭に生まれたか? 

どのような人と出会うか?

どのような社会の変化が起こるか?

 

人生には本人の力ではどうにもならない要素が満載です。

一言で言ってしまうと、「運」の要素ですね。

 

このように、生活保護受給やホームレスとなる方々は、本人の努力が足りなかったからそうなってしまった訳ではありません。

本人の力ではどうにもならないものに追い込まれてそうなってしまった、という側面も大きいのです。

 

そして、それは誰にでも起こりうるものです。

だれにでも起こり得たかもしれないものです。

だからこそ、我々は納税という形で社会保障制度を維持し、支え合わなければならない。

今は支える側となっていても、いつか支えられる側になるかもしれない。

何かを違えれば、今支えられる側だったかもしれない。

生活保護というのは、今困っている人のためにあるものであるというのは当然ですが、それは他人の話という訳ではありません。

未来の自分に必要なものでもあるかもしれないし、環境が違ったら現在の自分にとって必要だったかもしれないのです。

 

十分な想像力・論理的思考があれば、ホームレスや生活保護受給者への差別するような考え方がどれだけ愚かしいことか、生活保護なとの社会保障はなぜ必要かということも分かることでしょう。

これからの僕の人生、どれほど成功を積み重ね、富や社会的地位を築くことができようとも、自分を過信し他者を蔑ろにするような言動とは無縁でありたいと思います。

 

 

おしまい

 

 

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【今週のお題】自由研究が苦手だったけど若手研究者やってます

今週のお題「自由研究」

 

ご無沙汰しております。

最近、本業(研究)の方に注力していてブログになかなか手が回りませんでした。

 

ただ文章を書きたい欲は溜まっていたので、「今週のお題」をテーマに書いていきます。

 

お題は「自由研究」

そういや今、夏休み真っ盛りなのね…

博士課程までくると夏休みなど関係ないし、自粛ムードだしで気づきませんでした…

 

というわけで、僕は現在、博士課程に所属して研究に取り組んでいるので、側から見たら「自由研究も得意だったんじゃないの?」と思われる立場にいますが、全くそんなことありませんでした。

むしろ苦手意識が強かったですね。

 

小中の自由研究≒理系分野の研究ということで、文系の研究者である僕は逆に自由研究を苦手としていた、とも考えましたがそれが原因ではないと思います。

 

多分、僕は自由研究をすることで「競争に晒される」のが嫌だったんだと思います。

 

僕の通っていた学校(ほとんどの学校かな?)では、夏休みに自由研究をやったとしても、学外のコンクールに出展されるのは各クラスで一つだけ。

 

僕の通っていた小中学校は一クラス30人前後だったので、なかなかの競争率。

そこで先生たちにデキに甲乙つけられるのが嫌だったんですよね。

 

好きなことを突き詰めるのは昔から好きだったんですが、その先に望まない競争があるということで自由研究に対するモチベーションは上がりませんでした。

幸い、自由研究を強制されたのは小中の9年間で2,3度ほどしかなく、嫌な思いをした回数は少なかったです。

 

が、やらなければならないときは本当に嫌でしたね。

夏休みの宿題の中で自由研究だけやらず、それが夏休み終了3日前に親に見つかり、絞られた後に親が見つけてきたテーマの研究をやったこともありました。

 

そんな僕が研究者を志すようになったのは、高三のときに進路についてとことん悩んだ結果、「世の中を良くするアプローチとして、自分に一番合っているのは研究者だ」と思ったからです。

自由研究の経験は全く関係ないです。

 

 

自由研究もそうですが、学校特有の競争とか無理強いのせいで嫌いになるものってありますよね。

 

僕の場合、他には運動、特にマラソンがそれでした。

体力づくりのために持久走が必要なのは分かりますが、競わされたり、距離を決められたり、ペースを強いられたりするのが本当に苦痛でした。

 

それで小中高とずっとマラソン嫌いだったんですが、大学生になって「運動不足が気になるから走ってみよう」と始めてみたら、これがとても楽しい。

筋力や体力がついていくことを実感できる喜びもあります。

この時期は暑すぎるか雨かでなかなか走れないのですが、天候のコンディションが許せば、週に4〜5回ほど、1キロ5分弱のペースで5キロほど走ります。

 

自由研究やマラソンなど、学校でやらされることに教育的意図があるのはわかるのですが、各々好きなやり方でやらないと逆効果なこともありますね。

 

ただ逆に言うと、「学校で無理強いされて嫌いになったこと」も、自分のペースでやってみると案外面白く感じるかもしれません。

そういうことに時間を見つけてチャレンジしてみるのも楽しいかもしれませんね。

 

 

おしまい

 

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引きこもりをやめて初めてバスに乗ったときに出会ったおばあさんとの話(はてなインターネット文学賞)

はてなインターネット文学賞:「記憶に残っている、あの日」

 

僕にとっての記憶に残っている日。

それは、引きこもりをやめると決心し、予備校の入校試験を受けに行った日のこと。

引きこもりのときも全く家から出ないという訳ではなかったのですが、その日は僕にとって、家から遠く離れ、久々にまともな外の世界へ一人で飛び込まなければならない日でした。

 

僕がそれまでの高校を卒業してからの2年ほど、引きこもりをしていた大きな理由はパニック障害にありました。

パニック障害になると、一部乗り物に恐怖心を抱くという症状が出る人もおり、自分もまさにそうでした。

しかし、予備校の入校試験を受けるには高速バスに乗り、予備校の所在地までたどり着かなければなりません。

薬を飲んでいるとはいえ、強い不安を抱えて僕はバスに乗り込みました。

 

「どうやって気を紛らわせてバスの時間を過ごそうか」とソワソワしていると、一人のおばあさんが後方の僕の座席の方へ近づいてきて、隣の席に座りました。

「席はまだまだ空いているのに、わざわざ隣に人がいる席に座ってきて何が目的だろう」と思いましたが、どうやら話し相手が欲しかったらしく、すぐに話しかけてきました。

あるいは不安げな表情で座る僕を気遣ってくれたのかもしれません。

 

おばあさんは、これから息子さん夫婦のところに遊びに行くところだ、と話し始めました。

「息子が勤めてるのはこのバス会社だから、このバスに乗るのも割引を効かせてもらえるんだよね」と、社会で活躍する息子さんのことを誇らしそうに話していました。

社会復帰しようとする僕にはとても眩しい話でした。

 

ひとしきりおばあさんからの話が終わると、「貴方は何をしに行くために、このバスに乗ってるの?」と僕に話を振ってきました。

短時間しか関わっていませんが、このおばあさんは信頼できる人だと心を許し始めていた僕は、高校卒業後の2年間ほど引きこもっていたこと、その原因として高校生の頃からパニック障害であること、状況を打開すべく一念発起して予備校に通うことになったこと、そのための試験を受けに行くところだ、ということを打ち明けました。

少し重い話をしてしまって申し訳なかったかな、と僕は少し心配になりました。

しかし、おばあさんは僕に「大変な思いをしてきたのね。これから頑張ろうと思たのなら、無理せず頑張ってね」とエールをくれた後、「私にはもう一人息子がいるんだけどね、今精神疾患で休職してるのよ」ともう一人の息子について話し始めました。

 

おばあさんの話によると、その息子さんは良い大学を出て良い会社に就職したらしいのですが、そこで適応できずに心を病んでしまっていき、休職となってしまった、ということでした。

 

僕としては(当時はまだ大学に入っていないくせに)シンパシーを覚える話でしたが、「逆に重い話をさせてしまった」とおばあさんが話し始めた当初は申し訳なさを覚えました。

しかし、心を病んだ息子の話をするおばあさんの様子は、嫌な話をするような感じでは全くありません。

なんだったら、「今までの人生うまく行っていた息子にとっては、立ち止まって考える良い機会になったんじゃないの」とあっけらかんとした様子でもあり、その息子さんの話を詳しく教えてくれました。

バス会社で働く息子さんと同じように。

 

これが僕には衝撃的でした。

実は僕には非常に優秀な兄がいます。

僕と違って優秀な大学に現役で合格し、そのまま大学院に進学し、良い会社へ就職することを間近に控えていた兄が。

僕と兄の兄弟仲は非常に悪かったです。

特に当時の僕は、優秀な兄に強いコンプレックスを抱いてもいました。

そして、僕の両親は口に出さなくとも、僕と兄を比較し、僕のことを蔑んでいると勝手に思っていました。

 

しかし、おばあさんの話を聞いていると、親にとって子どもというものはどんな状態でも皆平等に可愛いものなんだな、と思えました。

「毒親」と呼称されるような子どもにとってよろしくない親ももちろんいます。

しかし、このおばあさんのようなマトモな親にとっては、子どもの間に優劣などないんだな、と。

 

おばあさんの話を聞きながら、「僕の両親は僕ら兄弟のことをどう思っているだろうな」と考えずにはいられませんでした。

確かに両親は、当時の僕の状況を憂いていたでしょう。

しかし、だからといって兄弟を比較し、僕のことを蔑ろにするようなことは、記憶を辿る限り一切しませんでした。

このおばあさんのように、自分の子どもたちがどんな立場にあろうと平等に愛を注いでくれる親だったんじゃないか、と気付かされました。

 

僕が引きこもりをやめる決心をしたのは、半ば両親に追い出されたからではありました。

そのため、僕は正直、「僕のことを理解しないで酷い仕打ちをする親だ」と親を恨みかけていました。

 

しかし、おばあさんと話していくことで、そのような両親への悪感情が少しずつですが消えていくのを感じました。

「両親の行動は、僕にとって正解だったかはともかく、僕を愛してくれていることが根本にあるものだったな」、と。

おばあさんの話は、自分の親の愛に気づかせてくれるもので、非常に僕のためになるものでした。

 

そしてバスは目的地へと到着しました。

僕はおばあさんとの話のおかげで車内で強い恐怖感を覚えることなく過ごすことができました。

 

バスを降り、おばあさんにお別れを言ったら、「話し相手になってくれてありがとう。これでジュースでも買って」と200円渡されました。

お礼を言わなければならないのはこちらの方だと返そうとしたのですが、おばあさんは「いいからいいから」と受け取らず、僕に手を振って目的地へと歩き始めて行きました。

僕はそのおばあさんの後ろ姿に深々と礼をし、姿が見えなくなるまで見守ってから、予備校へと向かいました。

 

これが、引きこもり脱出後、初の見知らぬ人との出会いの話です。

7年ほど経った今でも覚えているほど、僕にとって非常に大切な出会いです。

このおばあさんとの出会いがなかったら、予備校で頑張ることも、大学に合格することも、今の立場までくることもできなかったと本気で思っています。

今でもふとした瞬間に思い出す、不思議で大切な日の話でした。

おばあさんが今どうしているかは分かりませんが、ご家族含めて皆幸せであることを祈っています。

 

 

おしまい

 

 

2021年9月14日 22:47 追記

はてなインターネット文学賞」の結果発表にて、この記事は受賞を逃したものの「編集部注目の投稿」として以下のページで紹介していただきました。

最近、忙しさを言い訳に更新できていない当ブログですが、その中でも取り上げていただきまして、はてなブログ様、誠にありがとうございます。

そして読者の皆様もありがとうございます。

そろそろ更新を再開しようと動いています(清書すれば公開できるという状態の記事がいくつかある状態にはできています)ので、どうぞご贔屓にお願い致します。

blog.hatenablog.com

 

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アレルギー体質の僕が大学の職域接種で1回目のコロナワクチン接種を終えました

どうも、ユモクです。

タイトルの通り、先日所属する大学の職域接種を利用して、コロナワクチン(モデルナ)の一回目の接種を終えました。

そのときの準備・当日の流れ・副反応などについてを備忘録としてまとめておきたいと思います。

 

注)本記事の内容は僕個人の一感想に過ぎません。

予防接種を推奨も否定もする意図はありません。

 

  

 

接種する気になった理由

「一部の大学で職域接種ができるようになる」となった頃から、自分の大学でも始まることを想定し、「予防接種をすべきか?」ということを悩み始めました。

というのも、僕は①アレルギー体質、②服用している薬がある、という健康体とは言えない状態にあったからです。

ちなみにアレルギーは、スギ花粉は確定で、他にもりんごやバナナ、一部金属に反応するときもあるのですが、詳しい検査は今までして来ず…

また、ワクチンの安全性がどうかなどの心配もありました。

 

ただそれらを乗り越えて接種に至った理由は、身体が弱いからこそ、予防接種が可能なら重症化や後遺症となる確率を下げるために予防接種した方が良いかな、と思ったから。

周りでコロナ感染した人がいるのですが、その時の苦しさや後遺症に苦しんでいる話はなかなかに大変そうです。

あと、元引きこもりのクセに人との接触が絶たれた生活に精神的に参ってきていたので、人と会うことへの抵抗を下げたいという考えもありました。

 

僕はこのような考えで接種することにしましたが、接種するかは個人の意思で決めてください。

ただ一つだけ言えることは、「科学的な悩み方をしましょう」ということ。デマには流されず。

予防接種しても磁石はくっつきませんし、5Gにも繋がりませんでした。

身体に磁石が反応するようになったら、人間リニアと化して高速移動できるような発明をするために、理系に転身しようと思ってたのに…

 

 

接種の準備

大学が用意した接種予約HPを利用することで接種日時を簡単に予約することができました。

 

準備物は接種する時期、自治体からクーポン券が届いているかなどで変わるので、それぞれによく確認してください。

ただ予診表はどの会場でも共通だと思うので、それに必要事項をきちんと記述して行きましょう。

私の行った会場には記入場所は用意してありましたが、接種会場は多くの人がいて落ち着いて記入できない、かつ接種の順番が遅くなる原因になりますので、おうちで書いていくのが無難です。

 

そして接種前数日は健康的な生活を送りましょう。

暴飲暴食・過度な飲酒・睡眠不足等に気をつけて。

 

あと予防接種に関する知識を集めました。

科学者としては論文の原著にあたるべきなんでしょうけど、専門領域が全く違うので読み方もわからず…

ということで、医者芸人であるしゅんしゅんクリニックPさん(ヘイヘイドクターの人)のYouTube動画を中心に知識を得ていました。

 

 

接種当日

接種当日、会場の周りに多数配置されている案内員に従い会場入りすると、長蛇の列が。

予約してるし密を避けるために人は少ないかなと思っていましたが、油断していました。

そして学部生は友人同伴が多くて驚きました。そういうもんなのね…

ただ列の進みは非常にスムーズで、流れとしては予診表など持ち物の確認・本人確認を2、3回に分けて行うという行程を経ましたが、短期な僕でもイライラせずに過ごせました。

 

そしてお医者さんによる予診。

アレルギーや服用している薬の種類、健康状態について確認されました。

お昼頃に行きましたが、僕を担当した医師は初対面の僕からも明らかに疲れているように見えました。

医療現場が逼迫していることの、ほんの一端を垣間見た気がします。

そのときの診察の結果、アレルギー持ちかつ服用中の薬のある僕は予防接種後、30分の観察期間となりました(健康に不安のない人は15分で済みます)。

 

そして注射。

多くの予防接種が皮下注射であるのに対し、この予防接種は筋肉注射。

その辺りどうなのかと思いましたが、ほんの少しチクッとはしましたが、痛みはほぼありませんでした。

皮下注射より痛くなかったというのが個人的な感想です。

 

予防接種後の観察時間に体調の変化はありませんでした。

時折係員の方が「体調に異常はありませんか?」と声をかけてくださったのは非常にありがたかったです。

1時間弱で全ての行程を終了し、帰路へとつきました。

 

 

副反応はどうか?

会場から自宅までの帰宅時間で体調の変化はありませんでした。

接種して5時間ほど経過した夕方くらいから、注射した方の腕が痛くなり始めました。

人によっては腕を上げられないくらいになるらしいですが、自分は動かすと痛いだけだったのでマシな方だと思います。

 

そして接種した日の夜、接種した腕に蚊に刺されたような小さな蕁麻疹が二つできました。

ただし、自分にとって蕁麻疹が出ることはそんなに珍しくない(特にこの時期は寒暖差で出ることも多い)ため、その時は気にかけませんでした。

しかし、2回目の接種で強い副反応が出るリスクも考えて、蕁麻疹に関して後日、副反応コールセンターに電話してみました。

そのときにコールセンターの係員に、蕁麻疹の症状に加え「アレルギー持ちですが、かかりつけ医はいません。アレルギー反応が出たときの薬も常備していません」と伝えたら、「その状態は副反応関係なくよくないので、早くちゃんと診察受けてください!」と指導されました。

アレルギーを甘くみていたと反省。すぐにアレルギー科を受診し、詳細なアレルギー検査をしました。

 

接種翌日は、体温の上昇を確認できました(僕の平熱は低く35℃台が普通ですが、その日は36.9℃まで上昇しました)が、体調の悪化などはありませんでした。

「身体がなんとなく熱いな」というレベルで活動には全く支障のない感じ。

 

予防接種後の蕁麻疹や体温の上昇といった僕に出た症状は、いずれも副反応と断定できるものではありません。

ただし、何もなかったとも言えないので、2度目の接種に備えてアレルギー科の受診だけでなく解熱剤の用意、接種後数日は外出の必要のないように食糧の備蓄をしておこうと思います。

 

 

接種後の過ごし方

まだ1回目の接種で、強い抗体はできていないだろうこと、そして「1回目と2回目の予防接種の間に油断して感染するのは避けたい」との考えから、感染対策や自粛を強化して過ごしています。

体調・体質の変化もなく過ごしています。

2回目に備えて何を備蓄しておくかを考えています。スポーツドリンクを箱買いしたり、食欲が湧かない時にも食べられるようなゼリー飲料を買っとこうかな…

 

 

最後に、個人的な感想としては、一度目の予防接種は非常にあっさりと終わりました。

副反応も恐れるほどではなかったな、という印象。二度目が怖いけど(高熱を出してる人が周りに多い)。

迷っている人は、正しい科学知識のもと、接種するか否かを考えて欲しいと思います。

 

 

おしまい

 

 

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